ホロコースト記念日

ホロコースト記念日

今日は、ホロコーストメモリアルデーです。
ホロコーストとは、ナチスに600万人のユダヤ人が虐殺された歴史です。
ユダヤ人の歴史は、苦難と試練の連続です。
イスラエルでは、ホロコーストを忘れないように記憶するためにこの日があります。

1990年、当時まだ二十歳だった私は、イスラエルのキブツ・マーニットに滞在した時に、一人の老人と出会いました。
ビリー・グロアさん、彼はチェコにあるテレジン強制収容所で子どもたちの世話をしていました。
明日という日が訪れるのかわからない。もしかしたら東に、アウシュヴィッツ強制収容所に送られるかもしれない。
まさに恐怖と絶望という暗闇の中にビリーさんも子どもたちもいました。
そのような中で、ビリーさんはナチスに見つからないように子どもたちに絵を教えました。
紙もクレヨンも鉛筆もなにもない中で、自分のセーターの毛糸をほどいたり、命がけでボロボロの紙きれや折れたクレヨンなどを手に入れました。
子どもたちに少しでも夢や希望を持たせたい一心でした。
しかし、たくさんの子どもたちが毎日、東にあるアウシュヴィッツ強制収容所に送られてもう2度と戻ってくることはありませんでした。
ビリーさんの目の前で多くの人が死んでいきました。
ビリーさんは、命がけで4000枚の子どもたちの絵を2つのトランクに詰めて隠しました。
そして、戦争が終わり、強制収容所が解放された後に、トランクが見つかりました。
死と恐怖しかない絶望の中で、少しでも希望の光を子どもたちに与えたのです。
1993年、私はチェコにあるテレジン強制収容所を訪れました。
子どもたちが残してくれたたくさんの絵と出会うことが出来ました。

私は、高校生の時にコルチャック先生やコルベ神父に深い感銘をうけました。
1994年、アウシュビッツ強制収容所を訪問しました。
子どもたちと一緒にアウシュヴィッツ強制収容所に送られたコルチャック先生。
アウシュビッツ強制収容所の中で、一人の人の犠牲になって餓死室に送られたコルベ神父。
人のいのちを奪う人もいれば、人を救うために犠牲になる人。
絶望の中で、希望を与える人もいるのです。
人間が人間に対して、なにをするだろうか。
私たち、一人一人の生き方にかかってくるのです。
今、私たちは、いったい何をするべきなのだろうか?
隣の人を、家族を愛すること。
誰かのために親切にすること。
できる。
私たちにも出来る。
平和のために祈ることも出来る。