我が家のハヌキヤ

ハヌカは、紀元前2世紀の半ば、イスラエルがギリシャの支配下にあったときに起こった大いなる奇跡の物語です。
 エルサレムの神殿にはゼウス神が祭られていたので、信仰的で敬虔なユダヤ人たちによってついにエルサレム神殿は奪還され、神殿は清められました。聖なる都エルサレムがついに取り戻され、神殿が清められ、唯一にして真の生ける神の礼拝のために再び献堂が行われたのです。(ハヌカは、宮潔めとも奉献の祭りともいわれる)
神殿の中を照らすのに用いられていた聖なる黄金のメノラーに火を灯しました。しかし、燃料の聖なる油が十分にありませんでした。ところが奇跡が起こって、たった1日分の油しか無かったのに、次の油が準備できるまでの8日間もメノラーは燃え続けたのです。これがハヌカの奇跡です。(ハヌカは、光の祭りとも言われる)
 ハヌカの祭りは、油が8日間も灯された奇跡にちなんで、ハヌキヤ(9本の燭台)に灯りを灯します。ハヌキヤは、8本の燭台とシャマスと呼ばれる1本の燭台からなっています。最初の晩に1本の蝋燭を灯し、2日目は2本の蝋燭と、1本ずつ増やしていき最後の晩には8本の蝋燭を全て灯します。灯りは、「希望」と「献身」の象徴です。
 
 私たちがハヌカの祭りを祝う時、まずその当時の状態がどうだったのかをみてみましょう。

 勝利の奇跡の前はまったく絶望的な状態でした。それは、ユダヤ人たちの指導者たちは、すべてギリシャの思考方式であるヘレニズムを受入れ、全くユダヤ性を失っていたからです。ユダヤ人の王でさえ、アブラハムとかイサクとかいうユダヤ式の名前をつけず、自分でギリシャ式の名前をつけていたのです。そして、大祭司も同じようにギリシャ式の名前を付けていたのです。世界を照らすべきイスラエルの民が、闇に加わるという結果になっていたのです。  
 その時代には、世界中の人々の中で、唯一の神を信じていた人はあまりいませんでした。イスラエルの王も大祭司でさえも信じていなかったのです。
 しかし、ユダ・マカビの一家だけは違っていました。ハヌカの祭りにおける特別な祈りの「アル・ハ・シーム」の中には「少数の者の手に神様が多くの人々を渡された」という言葉があります。

 私たちの「多い」というのは、非常に多い数です。また、「少ない」というのは、本当に少数のことだと思います。マカビーのマタテヤの息子たち5人の他に、彼らの支援者を足して、全部で12人の男が超大国に対して立ち上がったのです。そして、勝利しました。これがハヌカの奇跡の出来事なのです。
 ハヌカの祭りは今日においても同じような価値を持っています。
 イスラエルという国はどのようにして建国されたでしょうか。やはり少数の人々が多数の人々に対して立ち上がったのです。イスラエルという国家の建設は「強いものが弱い者の手に渡された」という明らかな例なのです。

 ハヌカの教訓は、「強いものが弱い者の手に渡された」ということです。神を信じる信仰によって、少しの勇気があれば、弱いものが強いものに打ち勝つことができるのです。
信仰のあるたった1人の男性、たった1人の弱い女性が、大変な困難にもかかわらず、強大で強力な敵にも打ち勝つことができるのです。

ハヌカは「ネス ガドール ハヤー ポー(シャム)」
大きな奇跡が起こったことを覚えるセヴィボンというコマを回して遊びます。

油を記念して、油で揚げたスフガニヨット、ラトケス、レヴィヴォットなどを食します。